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    しかし家族たちはヌルすぎるといって、入浴しなかった。そこで温泉加熱の装置を施したが、薪をたき、釜の中をグルグルまいたパイプに水道を通し、湯となって湯槽へ流れこむ仕掛けで、入浴している方は温泉気分であるが、外では薪をたいているのだ。温泉場で釜の火をたくとは味気ない話だ。

    彼は男の顔を蔽つている手拭をとりのけながら云つた。

    「ほう、クレーといふのはカワラケのことかね」

    「大石の御老人は見えんやうだな」

    田舎町の習慣として、婚礼とか祭礼とか、葬式、法要などが盛んで、狭い町中がお互ひの家の奥向きの様子など手にとる如く知り合つているほど交際が密であつたから、家ごとに何かあるといつも同じやうな顔ぶれ、つまり殆ど町中の人が時期と場所を変へただけで寄り集ることが多かつた。そして、その人達の座席の順序が家の格式財産にしたがつてきちんと決まつていて、上座に坐る人はどの家へ行つてもあたり前のやうに臆する所なく上座に坐るし、下座の人も唯々いゝとしてその席につき、決してその順序を乱すやうなことは起きなかつた。他村からこの町に移り住んで、町の商店区域で手堅く商売をやり、だんだん基礎もでき、町の交際範囲に入られるやうになつた者でも、席順はずつと下座であつた。若し誰か気骨のある男があつて、これを破らうとすると、彼は後々の場合あらゆる方面からの圧迫をうけて遂には折角築き上げた商売上の地位でさへ見すてなければならなかつた。それほど此の「河原風」といふものは根強く牢固たるものであつた。

    「わたし、あれらしいのよ」

    「うむ、何かあ」

    「ふむ、トンネルのハッパだな」

    さう呟くと、小谷は追鮎の力を試すやうに竿を高く上げてみた。彼のきいきい云ふ金属性の声は、こんなひとり言のときでも絶えず房一に向つて話しかけたがつているやうであつた。

    盛子は、歯切れのいゝピツと語尾の跳ね上るやうな調子で、愛想笑ひをしながら小谷に訊いた。

    「いや、なに」

    黒い影はぴよこりとお辞儀をした。それから台所から射す光りの中に全身を現すと、それを眩しがつているとも照れたとも見える表情を浮べながら近づいた。

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